【学問の自由】シュタインマイヤー独大統領ボン大学創立200周年記念式典式辞を原文で読もう(21)

最終更新: 4月4日

第20回に引き続き、学問の自由を確立するための前提としての学問の信頼性とその獲得方法についておよびシュタインマイヤー大統領個人の期待・希望が述べられます。

【原文】

Dazu gehört auch, dass wir Fragen nicht ausweichen. Wo Wissenschaft und Forschung an den und jenseits des Horizontes unserer Vorstellungskraft vordringen, insbesondere wo sie grundsätzliche ethische Fragen aufwerfen, die – wie etwa bei Biogenetik und künstlicher Intelligenz – Unsicherheit und Abwehr hervorrufen, müssen wir versuchen, gesellschaftliche Fragen zu beantworten, statt sie zu ignorieren.

Ich glaube nicht an den gelegentlich gestreuten Verdacht, dass die Deutschen prinzipiell fortschrittsfeindlich oder technikängstlich sind. Wäre es so, wären die Wirklichkeit unserer Forschungslandschaft, und die Modernität unseres Landes kaum zu erklären! Aber etwas mehr Zuversicht, dass offene Fragen auch zu beantworten, dass Risiken beeinflussbar sind, dass Zukunft – trotz aller Veränderungen – gestaltbar bleibt: Das wünsche ich mir von den Deutschen schon!


【解説】

Wo Wissenschaft und Forschung .../wo sie grundsätzliche ... はどちらも主文「müssen wir versuchen」を修飾する「どこで」にあたる補足説明です。

die – wie etwa ... – Unsicherheit und Abwehr hervorrufen ハイフンで区切られた挿入句があるため、少々複雑になっていますが、die は Fragen にかかる関係代名詞で、hervorrufen までが先行詞 Fragen を修飾する関係文です。wo で導かれる副文の中の単語がさらに挿入句付きの関係文で修飾されているという構造をしっかりと抑えないと、ちょっと迷子になってしまうかもしれません。

Wäre es so 「もしそうなのだとしたら」仮定を表すため、動詞が文頭に来ています。

Aber etwas mehr Zuversicht ... gestaltbar bleibt: はすべて wünsche ich の目的語の羅列です。Das でその羅列を受けています。「A、B、C、これを私は望みます」が最後の文の核となる構造です。

【翻訳】

それには、私たちが疑問から逃げないことも重要です。学術研究が私たちの想像力の限界点、あるいはそれを超えたところへ進む場合、特に根源的な倫理的問題を投げかけるようなところ、たとえば遺伝子工学や人工知能などの分野、不安や拒否反応を呼び起こすような分野では、社会的な疑問を無視するのではなく、それに回答する努力をしなければなりません。

ドイツ人は基本的に進歩を拒むとか、技術を怖がるといった、時折ばら撒かれる疑念を私は信じません。もしそれが当てはまるのであれば、私たちの研究環境の現実や我が国の現代性をほとんど説明できないではありませんか!それでも、私はドイツ国民に、未解決の問題に答えられるということ、リスクは変えられるということ、特に、未来が、変化がたくさんあるにせよ、自分たちの力で作っていけるという希望をもう少し持ってほしいと、少なくとも願っています!