そもそも外国語を学ぶ意味とは

最終更新: 6月1日

「そもそも外国語を学ぶ意味ってあるの?」と疑問を抱いているあなた!

その感覚は正しいです。



ブログやYouTubeチャンネルなどですでに私のことをご存知の方は、このようなことを私が主張することに驚きを感じることと思います。

私はドイツの大学院で言語学の修士号を取り、英語・ドイツ語はもちろん、修士号を取るための必要性から、あるいは趣味で20ほどの言語を学んだ経験を持つ、よく言えば言語エキスパート、ありていに言えば言語オタクまたは言語マニアですので、「外国語を学ぶ意味ってあるの?」と疑問に思っている方々のおよそ対極にある人間と言って差し支えありません。

それなのに、なぜ「そもそも外国語を学ぶ意味ってあるの?」と疑問を抱くのが正しい感覚だという結論に至ったのか、それを今回はお伝えしようと思います。

ぜひ、そういう疑問を持っている方にも、そういう疑問は持っていないけれど、「将来何かの役に立つかもしれない」と思って英語を勉強しているという方にもお伝えしたい内容です。


私自身のことを言えば、そのような疑問を持ったことは一度もなく、子どものころから、いろいろな外国語に興味を持っていました。きっかけは、「こんにちは」と「愛してる」と6か国語くらいで記された下敷きをもらったことでした。もう何語が載ってたのか正確には覚えていないのですが、英語、ドイツ語、フランス語、中国語は確実に載っていました。外国の言葉を知ることを単純に楽しいと感じた最初の思い出と言えます。

たとえば、音楽が好きな人に音楽をやる意味があるのか聞くことは愚問です。サッカーが楽しくてしかたないという人にサッカーをやる意味があるのか聞くことは愚問です。鉄道マニアに車両の種類や時刻表を調べたり覚えたりする意味があるのか聞くことも野暮です。特定のアニメのキャラやアイドルの熱烈なファンに、そのキャラやアイドルに関する情報を集めて何の意味があるのか聞くのも野暮ですよね。私にとっての外国語や、日本語でもそうですが、言葉の由来などを知って楽しいというのは、そのようなマニアック的な嗜好と変わりがありません。


だから、私にとっては「外国語を学ぶ意味ってあるの?」というのは愚問なのですが、ドイツ語教育という分野に関わっていこうとするならば、もっと広い視野を持つ必要があります。直接的には「ドイツ語を勉強したい、興味があります」という方たちだけを相手にするのだとしても、「より多くの日本人に外国語を学ぶ楽しさを知ってもらう」というのが私のミッションだと考えているので、「外国語を学ぶ意味」というそもそもの疑問も教える側として真剣に捉える必要があると思います。


外国語を学ぶメリットは何か、一般的な例を挙げるのはたやすいです。キャリアのため、ビジネスのため、仕事上の必要性のため、情報収集の範囲を広げるため、研究や教養のため、国際交流・協力のため、視野を広げるため、認知能力を高めるため、ボケ防止のため等々。これからは英語ができないと生き残れない時代が来るなどと言う不安を煽るような意見もありますよね。

それらの是非はともかくとして、メリットや必要性を説くだけなのは一方的だと思うのです。結局のところ、そういう論理は、すでに外国語ができる人あるいは、勉強中の人の自己正当化やモチベーションのための意味の再確認に過ぎないのではないでしょうか。

少なくとも、「そもそも外国語を学ぶ意味ってあるの?」というそもそもの疑問を持つ方々の疑問を持つ背景や事情というものは、そこではまったく考慮されてませんよね。AI時代に外国語を学ぶ意味がどうのとかいう議論は、反論が簡単すぎると思いますし、「外国語を学ぶ意味」を知りたいと思っている方の問題の本質はそこではないと考えています。では、そのような疑問を持つ背景とはどういうものなのでしょうか。


「そもそも外国語を学ぶ意味はあるのか?」

そういう疑問は、私が現在住む、多数の国が陸続きの多言語社会であるヨーロッパでは持たれることがありません。中心的な問は、「何のためにどの言語を学ぶのか」ということです。例えば、「経済大国であるドイツに行けばいい仕事があるかもしれないからドイツ語を勉強しよう」ですとか、「チェコの方が薬などの物価が安く、よく国境を越えて買い物に行くから、そのときに困らない程度にチェコ語を勉強しよう」、「ルクセンブルクやベルギーの方がガソリンが安く、よく国境を越えて買い物に行くから、そのときに困らない程度にフランス語を勉強しよう」、「スペインによく旅行に行くから、買い物やレストラン・ホテルで必要な会話ができるようにスペイン語を勉強しよう」など住む場所やニーズによって対象言語や、目標レベルの違いはありますが、外国語を学ぶ意味自体を疑問視することはまずないと言っていいです。

でも、日本は島国ですし、インバウンド客が増加したとしても、一定の地域を除いてはやはり外国人とは縁がないのが普通の状態だと思います。


実は半年ほど前に、日本の大学の時の同期に再会して、「お前は特殊過ぎる。日本に向けて発信するならそのことを自覚しなきゃいけない。大半の日本人にとっては、外国語と言えば英語で、英語と言えば、『でぃす・いず・あ・ぺん』の世界なんだぞ」というアドバイスを頂いたんですね。それが考えるきっかけになったんですけれども、なかなかうまく消化できないでいたことも確かです。


その後、ドイツ語教育に本格的に携わっていこうと思ってドイツ語教師養成講座を受講して、現代の外国語教育とはどうあるべきかという教育論を学ぶうちに、日本の英語教育のまずさがだんだんはっきりと見えて来ました。現代の外国語教育は、ヨーロッパ共通言語参照枠と呼ばれるガイドラインに現れているように、言語によって何をすることができるのかという言語行動が重視されます。言語を使って買い物ができるのか、自分の生い立ちを語ったり、将来の計画を立てたり、仕事を探して、求人に応募したり、ニュースを読んだり聞いたりして、それをまとめたり、自分の意見を述べたりできるのか。そういう視点です。だからこそ、授業ではそうした言語行動ができるようになるシミュレーションが行われるべきで、またその題材は学習者の興味の持てるもの、学習者のリアルな状況や将来に重要性を持つものであるべきだと言われています。