Redewendungen der Woche 今週のドイツ語慣用句 KW49/2020

今週(2020年第49週)にFBのページTwitterまたはNoteでご紹介した「Redewendung des Tages 今日のドイツ語慣用句」をまとめてご紹介します。


1.keinen Abgang finden


意味: なかなか帰らない、予定よりも長くとどまる。立ち去れずにいる。字義通りには「退場(のタイミング)を見つけない」


例文: Die Freundin meiner Frau konnte wieder einmal keinen Abgang finden.(訳例:妻の友人はまたしても長々居座った) Gestern hat unser Nachbar wieder keinen Abgang gefunden.(訳例:昨日、またお隣りさんがなかなか帰らなかった)


解説: 演劇用語の Abgang 「退場」から。口語表現です。この慣用句は、この意味ではバリエーションが効きません。 reißenden Abgang finden という表現が商取引用語としてありますが、これは「飛ぶように売れる」という意味で、人の退場・退出ではなく、物が出ることを指しますのでご注意ください。


2.etwas / jemanden nicht abhaben können


意味: なにか/誰かを好きではない、嫌い、耐えられない。字義通りには「~を(分け前として一部)もらうことができない」


例文: Solche Schuhe würde ich mir nicht kaufen, weil sie einfach jeder trägt, und so was kann ich nicht abhaben!(訳例:こういう靴は買わないと思うわ、だってこういうのって誰でも履くから。そういうのっていや!)


解説: わりとくだけた口語表現です。バリエーションとして nicht haben können や nicht abkönnen があります。



3.(jemandem) abhandenkommen


意味:(急に、突然)なくなる、いなくなる


例文: Im Urlaub ist mir mein Reisepass abhandengekommen.(訳例:休暇中にパスポートがなくなってしまった)

Beim Klassenausflug müssen die Lehrer aufpassen, dass kein Kind abhandenkommt.(訳例:クラスの遠足では教師は子どもがいなくなったりしないように注意しなければならない)


解説: jemandem(Dativ)は当事者・被害者を表します。2つ目の例でお分かりのようにこの慣用句になくてはならないものではありません。 abhandenkommen は、正書法改正で 1996年から2004/2006年までは abhanden kommen と離して書くように定められましたが、2006年以降は再び離さずに1つの動詞として書くことになっています。 ちなみにこれと同義である verlorengehen は、1996年から2004/2006年まで verloren gehen で、現在は両方の書き方が認められています。 この扱いの違いは、kommen や gehen という頻出動詞なしで、独立単語として使用されるかどうかの違いによります。abhanden にはそのような独立性がないので abhandenkommen は1つの複合動詞と見なされ、他の分離動詞のように不定詞や過去分詞では空白を間に入れないことになっています。

ドイツロマン主義詩人 Friedrich Rückert による詩「Ich bin der Welt abhanden gekommen」はグスタフ・マーラーの歌曲として知られていますが、このタイトルは離して書かれたオリジナルのままになっています。「私は世界に捨てられて」と訳されているようですが、それは明らかに誤訳で、「世界にとって私は失われた・いなくなった」というのが字義通りの意味です。より日本語らしく表現すれば「私は世界から消えた・いなくなった」という感じでしょうか。der Welt (Dativ)は当事者・被害者を表しますので、「私が居なくなること」は「世界にとって損失」であるということを意味し、「世の人たちよ私を惜しめ」という気持ちが入っているのではないかと思われます。


4.bei jemandem abgemeldet sein


意味: (…に)愛想をつかされている、(…に)もはや相手にされない。字義通りには「(…のところで)(主語の)退出・退去・転出などの届け出が出されている、欠席が告げられている」


例文: Wenn einer säuft, ist er bei mir abgemeldet.(訳例:もし誰かが酒を飲むなら、私はその人とはつきあわない) Von einem Tag auf den anderen war er bei ihr abgemeldet.(訳例:唐突に彼は彼女に愛想をつかされた)


解説: abmelden は市役所や警察などに出した届け出(転入届、自動車登録など)を取り下げること、anmelden の逆の行為を表します。約束してあった訪問・出席などを取り消す意味でも使われます。 abgemeldet sein は状態受動で、「(…のところで)(主語の)退出・退去・転出などの届け出が出されている、欠席が告げられている」状態を表します。 個人間のことについて使用されれば比喩的な意味で、つきあわない、またはつきあいを止めることを表現します。


5.auf etwas abonniert sein


意味: ~をいつも、または定期的に達成する、得る(悪いことも)。字義通りには「~を定期購読・定期サービスを受けている」


例文: Unglücklicherweise ist die Mehrheit der amerikanischen Volksvertreter auf diese These abonniert, dass nämlich einem Ende des Kalten Krieges freie Wahlen in allen Satelliten-Staaten vorausgehen müssten - SPIEGEL, 1953(訳例:不幸なことにアメリカの代議士たちの多くはいつも、冷戦終焉には、すべての衛生国家における自由選挙の実現が先決であるというこの主張に陥っているのだ)

Er ist auf Erfolg abonniert.(訳例:彼はいつも成功する、成功者タイプだ)

Ich bin auf Scheitern abonniert. (訳例:私は失敗ばかりする)


解説: abonnieren は、ある商品やサービスを定期的に受け取ることを指します。YouTubeなどのチャンネル登録やネットフリックスなどのサブスクリプションにもこの動詞を使います。名詞は das Abonnement です。 この定期性・規則性に着目した比喩表現が、上にご紹介した慣用句です。auf の後に来る名詞の指す事象が定期的に起こることを意味します。「それを得る権利がある」ということではありませんのでご注意ください。 この表現は1950年代から使われるようになったようで、上に引用した1953年のシュピーゲル誌の記事が初出のようです。


6.(sicher) wie in Abrahams Schoß


意味: 絶対大丈夫、安心できる。字義通りには「アブラハムのふところの中のように(安全、安心)」という意味。


例文: Hier sind wir sicher wie in Abrahams Schoß.(訳例:ここなら絶対安心だ)

In dieser Bucht können wir ankern so sicher wie in Abrahams Schoß! Egal, woher der Wind weht, hier gibt's keine Wellen.(訳例:この湾なら安心して投錨できるよ。どこから風が吹いても、ここでは波立たないんだ)


解説: この慣用句は、聖書のルカによる福音書、第16章にある金持ちと貧しいラザロの物語から来ています。Es begab sich aber, dass der Arme starb, und er wurde von den Engeln getragen in Abrahams Schoß (Lukas, Kap. 16, Vers 22) この貧しい人がついに死に、御使いたちに連れられてアブラハムのふところに送られた(ルカによる福音書、第16章22)。こうしてラザロは生前の貧しさ苦しさを逃れてアブラハムの御許で何の心配もなく過ごせるようになったのに対して、金持ちは地獄に落ちたという話です。本来は宗教的な意味での安心を指す慣用句だったのですが、次第に一般的な意味での安心・安全を表すようになり、現在では宗教性はまったくないと言っていいでしょう。

例文のように sicher wie in Abrahams Schoß と sicher がつくことが多いですが、省略も可能です。leben, liegen, sitzen などの状態動詞と組み合わせることもあります。この場合「安心して~する」という意味合いになりますね。



7.(noch) in Abrahams Wurstkessel sein


意味: まだ生まれていない。字義通りには「アブラハムのソーセージ鍋の中にいる」



例文: Ach, das ist schon viele Jahre her... Da warst du noch in Abrahams Wurstkessel, mein Junge!(訳例:まあ、それはもう何年も前のことだねぇ。そのころはね、お前はまだ生まれていなかったよ。)


解説: 先日ご紹介した「wie in Abrahams Schoß(安心できる)」と似ている慣用句で、どうやら新約聖書のへブル人への手紙第7章で言及されている「アブラハムの腰の中 in Abrahams Lende」が元になっているようです。 ...und sozusagen ist durch Abraham auch von Levi, der die Zehnten empfängt, der Zehnte erhoben worden, 10 denn er war noch in der Lende des Vaters, als Melchisedek ihm entgegenging (Hebräer 7, 9-10). そこで、十分の一を受けるべきレビでさえも、アブラハムを通じて十分の一を収めた、と言える。10 なぜなら、メルキゼデクがアブラハムを迎えたときには、レビはまだこの父祖の腰の中にいたからである(へブル人への手紙、第7章9-10)。 「Lende 腰」がなぜ「Wurstkessel ソーセージ鍋」になってしまったのか、その経緯は明らかではありませんが、Lendeは家畜の肉の部位としては柔らかくて上等な部分「Filet フィレ」を指すため、食用肉の連想が働き、誰かがジョークとしてソーセージ鍋に変換したのではないでしょうか。




以上が今週、FBのページTwitterまたはNoteで毎日1つずつご紹介していった慣用句のまとめと補足です。1日1つずつの方がよいという方は、FBのページTwitterまたはNoteをぜひフォローしてください。

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