Redewendungen der Woche 今週のドイツ語慣用句 KW52/2020

今週(2020年第52週)にFBのページTwitterまたはNoteでご紹介した「Redewendung des Tages 今日のドイツ語慣用句」をまとめてご紹介します。


1.Abwarten und Tee trinken

意味:

まあまあ、焦らずに待とう。字義通りには「待って、お茶を飲みなさい」

例文:

Abwarten und Tee trinken ist wohl das Beste. Vom weiteren Vorgehen reden wir vielleicht nächste Woche wieder.(訳例:焦らずに待つのが一番だろう。今後のことは、来週にでもまた話そう)

Abwarten und Tee trinken. In einem halben Jahr kann man vielleicht schon Sachen machen, die heute noch nicht gehen.(訳例:まあまあ、焦らずに待ちましょう。半年後には今日まだできないこともできるようになってるかもしれませんし)

解説:

この慣用表現は、19世紀の半ば頃から使われるようになりました。この起源については、最終的な結論は出ていないようですが、せっかちな病人に対してハーブティーを飲んで治癒を待つよう諭したことが始まりだという説が有力だそうです。


2.durch Abwesenheit glänzen


意味: その場に居合わせない(ことで目立つ、悪目立ちする)。字義通りには「不在によって輝く」


例文: Mehrere Abgeordnete glänzten auf dem Empfang durch Abwesenheit.(訳例:何人かの議員はレセプションを欠席したことで悪目立ちした)


解説: この慣用句は皮肉を込めた面白い表現だと思います。 元はフランスの詩人 Marie-Joseph de Chenier が1819年に発表した戯曲『Tibère(ティベリウス)』から来ています。ローマ帝国のタキトゥスによる年代記をアレンジした作品で、ユニアという女性のお葬式が描かれています。彼女はブルートゥスの妹であり、カシウスの妻でした。ブルートゥスとカシウスは、紀元後44年、かのユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)を暗殺した張本人でしたので、彼らの死後もその罪が許されることなく、葬式の慣習に反して、彼らのデスマスクが葬列に加わることはなかったそうです。この状況を de Chenier の戯曲では「Brutus et Cassius brillaient par leur absence (Brutus und Cassius glänzten durch ihre Abwesenheit)」という言葉で描写しており、それがドイツ語の慣用句になったとのことです。 この言葉は、タキトゥスの「Sed praefulgebant Cassius atque Brutus eo ipso, quod effigies eorum non videbantur.(カシウスとブルートゥスは、まさに彼らの絵が見えないことによって輝いていた)」を縮めた表現です。



3.mit Ach und Krach


意味: かろうじて,やっとのことで,どうにかこうにか。字義通りには「ひいひい、はあはあしながら」


例文: Ich habe die Prüfung mit Ach und Krach bestanden.(訳例:試験にはなんとか受かった)

Mit Ach und Krach haben wir den Zug erreicht.(訳例:私たちはかろうじて電車に間に合った)


解説: Ächzen(うめく)と Krächzen(はあはあ言う)の2つの擬音語動詞から来ている口語表現です。Zwillingsformel(双子形式)と呼ばれる脚韻を踏んだ組み合わせです。

脚韻は踏んでいませんが、Ach und Weh(「ああ」と「痛い」) もよく使われる組み合わせで、悲鳴・うめき声を上げる様子を描写します。悲鳴の頻度が高いと mit vielem Ach und Weh と言います。


4.auf [der] Achse sein


意味: 旅行・出張中である。字義通りには「車軸の上にいる」


例文: In meinem Beruf als Vertreter ist man ständig auf der Achse.(訳例:外交販売員という私の職業ではしょっちゅう出張しています)


Wir sind gestern mehr als vierzehn Stunden auf Achse gewesen.(訳例:私たちは昨日、24時間も移動していた)


解説: 汽車が通るまでは、旅行手段と言えば馬車でしたので、「車軸の上にいる」ということは「旅行中である」と同義なので、馬車の時代からあった慣用句だと思っていたのですが、実は鉄道がすでに6万キロ敷かれていた20世紀初頭に初登場したようです。 汽車でも確かに車軸はありますので、この慣用句は鉄道の普及によって旅行が一般化したことによって生まれたのでしょうね。