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フランツ・カフカの執筆に関する名言の謎

私が物を書くためには孤独が必要だ。
世捨て人のような孤独ではなく、死人のような孤独が。

この名言はフランツ・カフカ(1883-1924)のものだという。

購読しているマガジンに言及されていた。ただし、出典不明の断り書き付きで。


確かに彼の孤独への希求は、彼の著作や日記・書簡などの中に頻繁に記されている。


例えば「Der Wunsch nach besinnungsloser Einsamkeit. Nur mir gegenübergestellt sein. 意識(思慮)のない孤独への願望。自分自身のみに対峙していること。」(Tagebücher. 1. Juli 1913)などはドイツ語の格言・名言集サイトに必ずと言っていいほどリストアップされるものだ。


だから、冒頭の名言はカフカがどこかで書いていてもおかしくないものではある。


しかしだ。

なぜかこの名言は、私の理解できる言語の中では英語と日本語でしかネットでは出回っていない。

ちなみに英語版は「I need solitude for my writing; not ‘like a hermit’ – that wouldn’t be enough – but like a dead man.」だ。


ところが、どこのサイトを見ても、かの The Guardian ですら、この言葉がどこから引用されているのか出典を明らかにしていない。


日本語の名言集サイトでも出典が明かされているところはまずない。


そして、これに相当するドイツ語の Zitat 引用がまったく見当たらないのである。

そんなに有名な名言であるなら、ドイツ語の原文もドイツ語圏で有名であっていいはずだと思うのだが、nichts da!(どこにもない!)


*Ich brauche Einsamkeit zum Schreiben (zu meinem Schreiben), nicht wie ein Eremit (Einsiedler) - das wäre nicht genug - sondern wie ein Toter (ein toter Mann).

という感じの文になるはずだ。


だけど、Googleは知らん顔をする。

奇妙なこともあるものだ。


この謎の解答をご存じの方がいるなら、ぜひご教示いただきたい。



では、カフカは他に執筆についてどんなことを書いているのだろうか。

ドイツ語で Zitat(引用句)または Aphorismus(アフォリズム)として知られているものに限定すると、以下のようなものがあった。


Ich muß viel allein sein. Was ich geleistet habe, ist nur ein Erfolg des Alleinseins. -Tagebücher. 21. Juli 1913 私は多くの時間一人で過ごさずにはいられない。私が成し遂げたことは、一人でいることの成果に過ぎない。-日記、1913年7月21日(拙訳)


この「成し遂げたこと」は彼の作品を指している。

つまり、孤独でたくさん書いていたら、結果的に作品になったということだろう。


書く行為そのものに言及しているものもある。マックス・ブロートというカフカの友人に宛てた書簡だ。これらを書いている時のカフカはすでに重い喉頭結核を患っており、死までの時間は2年ほどしか残されていない。


Das Schreiben ist ein süßer wunderbarer Lohn, aber wofür? In der Nacht war es mir mit der Deutlichkeit kindlichen Anschauungsunterrichtes klar, daß es der Lohn für Teufelsdienst ist. Dieses Hinabgehen zu den dunklen Mächten, diese Entfesselung von Natur aus gebundener Geister, fragwürdige Umarmungen und was alles noch unten vor sich gehen mag, von dem man oben nichts mehr weiß, wenn man im Sonnenlicht Geschichten schreibt. Vielleicht gibt es auch anderes Schreiben, ich kenne nur dieses: in der Nacht, wenn mich die Angst nicht schlafen läßt, kenne ich nur dieses. -Briefe. An Max Brod, 3. Juli 1922 書くことは素晴らしく甘美なご褒美だ。だが、何の?夜に私には子どもの視覚教育用教材のような明快さで分かった、それが悪魔礼拝の賜物であることが。この闇の権力者のところへ下っていくこと、本来束縛された精神の解放、怪しげな抱擁、上にいる者が日の光の中で書く時にはもはや知りようもないその他諸々の手続き。もしかしたら別の執筆もあるのかもしれないが、私はこれしか知らない。夜に、恐怖が私を眠らせない時、このような執筆しか私は知らない。-マックス・ブロートへの書簡、1922年7月3日(拙訳)



カフカは多くの作品や作品断片を残しているが、本人の遺言に従えば全部焼却されるべきものだった。だが、彼の友人であるマックス・ブロートがその遺言に反して多くの作品を編集・出版した。

さまざまな章が同時進行でバラバラに書かれたノートの断片を集めて順番を決めたのはカフカ自身ではない。

カフカは恐らく作家として仕事をしている自覚もなく、書くことが彼にとって存在形態であり、執筆の中に住んでいたようだ。そして、執筆の邪魔になるものは全て疎ましく思っていた。

彼は unverstandener Einzelgänger 誰にも理解されない一匹狼であり、孤独を感じ、またその孤独を執筆のために必要とした、と本人は思っていたようだ。

彼の強すぎる父親との複雑な関係性はよく精神分析の対象にされるが、そもそも父に宛てた手紙(未投函)で1冊の本ができるほど書くこと自体、異常な執念を感じる。


何かを本当に本人に伝えたかったのではなく、今でいう「エクスプレッシブ・ライティング(筆記開示)」だったのではなかろうか。Weltschmerz(厭世・世界苦)と自己に対する絶望で死を望みながら生きていたカフカは、それこそ書きつけることがたくさんあったことだろう。マックス・ブロートへの書簡に書いているように、恐怖で眠れない夜に自分の思考を掘り下げ、自分自身を容赦なく断罪するなどしながら書きまくる。


しかし、その一方でこんなことも書いている。


Dieses ganze Schreiben ist nichts als die Fahne des Robinson auf dem höchsten Punkt der Insel. -Briefe. An Max Brod, 12. Juli 1922 この書くということは全般的に、島の一番高いところに立てたロビンソンの旗以外の何ものでもない。-マックス・ブロートへの書簡、1922年7月12日(拙訳)


これは、「人に認められるために一番高いところに登る」という虚栄心を表しているらしい。

フランツ・カフカが本当に認めてもらいたいと思った相手は、実は父親だけだったのではなかろうか。


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(今回は文体を変えて書いてみました)










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