親指を上または下に向ける
親指だけを上に向ける(Daumen hoch)ジェスチャーは今日SNSなどで「いいね!」やグッドという意味でよく目にするようになりました。このジェスチャーはギリシャ・中東・西アフリカ・南米では「お前の肛門に突っ込んでやるぞ」という実に下品な意味になってしまうそうです。地中海沿岸の国々やロシアおよび中東ではセックスのお誘いなんだとか。オーストラリア、ナイジェリアおよびイランでは、誰かを追っ払いたい場合にこのジェスチャーを使うらしいです。
ドイツでは「いいね!」も含めた一般的な同意を表します。
逆に親指だけを下に向ける(Daumen runter)のはその反対、すなわち不同意や「よくない」ことを表すジェスチャーです。
ミーティングや研修などのウォーミングアップとして「Wie ist die Stimmung? 気分はどうですか」などと司会や講師などが質問して、それに参加者たちが親指を上または下に向けて答えることもあります。この文脈で、親指を真横に向けて「まあまあ」「良くも悪くもない」を表現することもできます。
こうした親指を上または下に向けるジェスチャーの起源は、ローマ帝国の闘技場で戦いに敗れた剣士 der Gladiator の生死を観衆が採決したことにあると言われています。親指を上に向ければ「die Gnade 慈悲・恩赦」、下に向ければ「der Tod 死」を意味していたとのことです。このため、親指を下に向けるジェスチャーは今でも時として「死ね」や「地獄に落ちろ」を意味することがあります。
もっと明確なジェスチャーはその親指で自分の首を切るように横に動かすことですね。
両親指で自分を指す
両手で親指を立てて、自分自身を指し示すことを「Mit beiden Daumen auf sich zeigen」と言います。このジェスチャーはインド・イランおよびヨーロッパ人も「自分が」という意味で使うということを聞きましたが、ドイツではあまり一般的ではないです。通常は、人差し指で胸のあたりを指します(人差し指に関してはまた別稿で書きたいと思います)。
調べたところ、こういう動作をする子どものダンス「Ich treibe Sport(僕はスポーツをする)」があることが判明しました。「Ich treibe」の歌詞の部分で親指を立てて自分を指します。
また、このジェスチャーは、スポーツの授業で教師が使うようで、意味は「Kommt sofort zu mir すぐに私のところに来なさい」です。
それ以外の文脈では、少なくともドイツでは確立されたジェスチャーではありません。
日本でもたまに自分を親指で指す人がいるようですが、Yahoo!知恵袋の回答を見ると、それはどうやら「俺が」というのと連想されるようで、失礼と見なされるみたいですね。
両親指ではなく、片方の親指だけで自分を指すと、「Daumen hoch」を自分に向けている、すなわち「俺(僕、私)、すごい」という解釈も成り立ちそうですが、これもドイツでは確立されたジェスチャーではありません。
Daumen 親指の語源
ちなみにドイツ語の Daumen は古くは dûme / dûm(o) といい、英語の thumb、古期英語の thûma と同じ語源です。ラテン語の tûmere「腫れる」やサンスクリット語の tûtuma-「力強い」などとも語源を同じくし、元の意味は「太いもの(指)」または「力強いもの(指)」を意味していたようです。
日本語の「親指」も元は同じような発想で命名されたと考えられます。「親」という言葉が入っているため、親指が主人、亭主、親方、旦那を意味することもあり、そのことからの連想なのか、「親指を噛かんで寝るとうなされぬ」とか、「親指を胸に置いて寝るとうなされる」などという俗信もあります。
中世のドイツで親指が Kobold コボルトといういたずら好きの小妖精、ひいては悪魔と同一視されていたのとは対照的です。これはもともとはゲルマン民族の俗信に由来しています。この超自然的な力を持つ「悪の指」を隠す、つまり象徴的に悪霊を抑え込むことで、悪から人間や自然を守ると信じられていました。
die Daumen drücken(親指を押す)
親指を隠すとは、すなわち拳を握ることです。この動作から生まれた慣用句が「jemandem die Daumen drücken(誰かに親指を押す)」です。誰かの成功や幸運を祈る際に使います。
例: Morgen habe ich die Prüfung.(明日試験があるんだ)- Ich drücke Dir die Daumen!(頑張って!)
Ich drücke Dir alle Daumen!(すべての親指を押す)や Ich drücke Dir beide Daumen!(両方の親指を押す)と言うこともあります。
また、両拳を握りながら「Toi, toi, toi!」と言うこともあります。意味するところは上の Ich drücke Dir die Daumen! と同じです。
これは本来擬音語で、中世に行われていた魔除けのおまじない「3回唾を吐く」動作が行儀が悪いために、18世紀から代わりに「tfu, tfu, tfu」と言うようになったのが、さらに転訛したものであるようです。転訛する際にはイディッシュ語で「いい」を意味する「tow」が影響したとも言われています。
このおまじないは、木を叩くことで効果を高めると信じられていたため、両拳を握る代わりに手近なものを叩きながら「Toi, toi, toi!」と言うこともあります。
日本にも霊柩車の前では親指を隠すという習慣が伝えられています。その代表的な理由には、親の死に目に会えない説と親が早死にする説の2つが挙げられます。
また、霊柩車は言わずもがなですが「死」の象徴であり、神道的考え方では「穢れ」と見なされます。一方、親指は外部からの悪い気が爪の間を通って体内に侵入してくるところだと考えられています。霊柩車を見たときに親指を隠すのは、穢れ=死者の霊=悪い気の侵入を防ぐため、ということのようです。
忌避すべきものの前で親指を隠すという行為は江戸時代にはあったことが確認できています。親の不幸に結び付けられた説は明治以降が有力で、霊柩車が組み合わされたのは大正から昭和、というふうに段階的に今の迷信が完成していったと考えられます。
日本でもドイツでも親指には特別な意味がありますが、一方は悪い気の侵入経路、他方は悪そのものとして捉えられているという違いがあります。それでも同じ「親指を隠す」所作の魔除け的おまじないが生まれたのは興味深いですね。それがドイツではさらに発展して「他人の幸運を祈る」意味になったのも面白いですね。日本語の親指という語が「親」を連想させるため、他人の魔除けをしてあげる意味になりづらかったということかもしれませんね。
親指と人差し指で作るOKサイン
余談ですが、日本では親指と人差し指で輪を作るオーケーサインが使われますが、ドイツでも一応「OK、すごくいい」などの意味で使われる一方で、イタリアのように侮蔑的な「Arschloch(ケツの穴)」の意味でも使われるので注意が必要です。ちなみにフランスでは「ゼロ」を表します。
この写真のようににっこり笑っていれば誤解は生じないと思いますが、表情が乏しいと変にとられる可能性もあるので気を付けましょう。
動画版はこちら。
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