シュタインマイヤー・ドイツ連邦大統領の第二次世界大戦終戦 75 周年演説

最終更新: 5月13日

2020年5月8日に、ドイツはナチスからの解放と欧州における第二次世界大戦終戦から75周年を迎えました。当時を知り、語ることのできる生き証人がますます少なくなる中で、歴史書の中の一出来事として風化させてしまわないために、ドイツでは Erinnerungskultur(想起文化)が様々な政治家や文化人たちによって掲げられ、多くの国民の支持を得ています。もちろん、右翼ポピュリズム政党である AfD(ドイツのための選択肢)を始めとする右翼傾向を持つ一部の人たちの間では批判の対象となってはいるのですが。


今回は、ドイツのこうした「想起文化」を如実に語る、ヴァルター・シュタインマイヤー連邦大統領によるナチスからの解放と欧州における第二次世界大戦終戦 75 周年記念式典で行ったスピーチを原文・翻訳を交えて一部ご紹介したいと思います。


スピーチ音声と原文は連邦大統領公式サイトで公開されています。

そこの右側メニューの「Übersetzung/Translation」の下に数言語への翻訳があり、日本語の翻訳(Speech in Japanese)もダウンロードできますので、興味のある方はぜひ全文を比較対象してみてください。


ドイツ人の5月8日の捉え方

Ja, wir Deutsche dürfen heute sagen: Der Tag der Befreiung ist ein Tag der Dankbarkeit!
解放の日は感謝の日である。私たちドイツ人は今、そう言えるのです。
Drei Generationen hat es gedauert, bis wir uns dazu aus vollem Herzen bekennen konnten.
心の底からこうした確信が得られるまで、三世代の歳月がかかりました。
Ja, der 8. Mai 1945 war ein Tag der Befreiung. Aber er war es noch lange nicht in den Köpfen und Herzen der Menschen.
確かに、1945 年 5 月 8 日は解放の日でした。しかし当時はそれが、大半のドイツ人の頭と心にまだ届いていませんでした。
Die Befreiung war 1945 von außen gekommen. Sie musste von außen kommen – so tief war dieses Land verstrickt in sein eigenes Unheil, in seine Schuld. Und auch wirtschaftlicher Wiederaufbau und demokratischer Neubeginn im Westteil Deutschlands wurden nur möglich durch die Großzügigkeit, Weitsicht und Versöhnungsbereitschaft unserer ehemaligen Kriegsgegner.
1945 年、解放は外からやってきました。解放は外から来ざるをえなかった。この国はそれほどまでに深く、自らが生み出した災厄と罪にその身を絡めとられ ていたのです。西ドイツの経済復興と民主主義の再出発も、かつての敵国が示してくれた寛大さ、先見の明、和解の意思があったからこそ果たすことができ たのです。

[中略]

Und dieses Ringen, dieses Ringen bleibt bis heute. Es gibt kein Ende des Erinnerns. Es gibt keine Erlösung von unserer Geschichte. Denn ohne Erinnerung verlieren wir unsere Zukunft.
そしてこの格闘は今日まで続いています。記憶するという営みに終わりはありません。私たちの歴史からの救済はありません。記憶を呼び起こさなければ、私たちは将来を失ってしまうからです。
Nur weil wir Deutsche unserer Geschichte ins Auge sehen, weil wir die historische Verantwortung annehmen, nur deshalb haben die Völker der Welt unserem Land neues Vertrauen geschenkt. Und deshalb dürfen auch wir selbst uns diesem Deutschland anvertrauen. Darin liegt ein aufgeklärter, demokratischer Patriotismus. Es gibt keinen deutschen Patriotismus ohne Brüche. Ohne den Blick auf Licht und Schatten, ohne Freude und Trauer, ohne Dankbarkeit und Scham.
私たちドイツ人が、自らの歴史を直視し、歴史的責任を引き受けたからこそ、世界の国々は我が国に新たな信頼を寄せてくれました。だからこそ、私たち自身もまたそのような国となったドイツを信頼できるのです。そこにあるのは、啓蒙された民主主義的愛国心です。分裂を伴わないドイツの愛国心はありません。光と陰への視座、喜びと悲しみ、感謝の念と恥を伴わないドイツの愛国心はありません。

Es gibt kein Ende des Erinnerns. を「記憶するという営みに終わりはありません。」と訳すのは不適切です。Erinnern とは記憶すること自体ではなく、想起させることを示しています。sich erinnern という再帰動詞は、自分自身が直接目的語となり、「自分に(~を)思い出させる・想起させる」、すなわち「思い出す、想起する」を意味します。ここでは再帰代名詞の目的語なしの erinnern が名詞化されているため、「想起させること」が字義通りの意味です。


小さな翻訳の間違いには目をつぶるとして、この終戦記念日の5月8日の捉え方は、日本の8月15日の捉え方とはかけ離れていると思いませんか。

「5月8日は Tag der Befreiung(ナチスからの)解放の日である」と最初に唱えたのは、1985年5月8日、終戦から40年後の当時連邦大統領であった、リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカーでした。下の動画の3:55あたりです。


ヴァイツゼッカーの演説は43分に及ぶ長いものですが、東西ドイツ統一前の世界がまだ冷戦時代であった頃に、第二次世界大戦の勃発から戦後の世界の分断に至るまでの歴史を振り返り、ドイツの責任を明確にする大変興味深い演説ですので、ドイツ語を聞き取れる方はぜひすべてご覧になってみてください。


シュタインマイヤー現大統領の演説に戻りますが、上に引用した Patriotismus 愛国心に対する考えが注目に値します。ナチスドイツの過去を執拗に追求するあまり、自国に対して複雑な感情を抱き、人としてごく自然な郷土愛から派生した愛国心を持てない人々がいる一方で、ナチスドイツの過去を想起し続けることに疑念を呈し、場合によってはホロコーストを始めとするナチスドイツによる罪を否定して愛国を唱える右翼が台頭するという社会的な分断を統合する試みとしての「aufgeklärter, demokratischer Patriotismus 啓蒙的民主主義的愛国心」の提唱です。「光と陰への視座、喜びと悲しみ、感謝の念と恥を伴わないドイツの愛国心はありません」というなかなか複雑な感情ではありますが、ひたすら自己正当化に走り、そうすることでしか持てないような愛国心よりもずっと真摯な気持ちではないでしょうか。どの国、どの故郷にもいいところもあれば悪いところもあるものです。ナチスドイツの過去は極端かもしれませんが、それでも清濁を併せのむ包容力を持った郷土愛を私は好ましく感じました。


将来も想起文化が必要

ドイツの政治家が終戦を振り返るとき、「二度と繰り返さない」というだけでは済まされないことが分かる部分です。

まずは「二度と繰り返さない」の部分から。

"Nie wieder!"– das haben wir uns nach dem Krieg geschworen. Doch dieses"Nie wieder!", es bedeutet für uns Deutsche vor allem:"Nie wieder allein!"Und dieser Satz gilt nirgendwo so sehr wie in Europa. Wir müssen Europa zusammenhalten. Wir müssen als Europäer denken, fühlen und handeln. Wenn wir Europa, auch in und nach dieser Pandemie, nicht zusammenhalten, dann erweisen wir uns des 8. Mai nicht als würdig. Wenn Europa scheitert, scheitert auch das"Nie wieder!"!
「もう二度と」− 戦後、私たちはこう誓いました。この「もう二度と」は、私 たちドイツ人にとっては特に「もう二度と孤立するな」ということでもあります。そしてこれは、どこよりも欧州においてあてはまります。私たちは欧州の 結束を保たなければなりません。欧州人として考え、感じ、行動しなければな りません。欧州の結束を、このパンデミック下において、また収束後において保てないのであれば、私たちは 5 月 8 日という日を節目の日とする資格はあり ません。欧州の失敗は、「もう二度と」という誓いの失敗でもあるのです。

ヴァイツゼッカー元大統領の演説を引用して、今後の指針につなげる部分。

"Der 8. Mai war ein Tag der Befreiung." Ich glaube: Wir müssen Richard von Weizsäckers berühmten Satz heute neu und anders lesen. Damals war dieser Satz ein Meilenstein im Ringen mit unserer Vergangenheit. Heute aber muss er sich auch an unsere Zukunft richten. "Befreiung" ist nämlich niemals abgeschlossen, und sie ist nichts, was wir nur passiv erfahren, sondern sie fordert uns aktiv, jeden Tag aufs Neue.
「5 月 8 日は解放の日であった」。リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー元大統領のこの有名な言葉を、改めて別の角度から理解する必要があると思います。当時この言葉は、私たちの過去との格闘におけるマイルストーンとなりました。しかし今日、この言葉は未来に向けたものとして理解しなければなりません。すなわち、「解放」の過程には決して終わりはなく、また、私たちは受け身にとどまっていればよいわけではなく、日々能動的に解放を実現することが求められているのです。
Damals wurden wir befreit. Heute müssen wir uns selbst befreien!
当時、私たちは他者により解放されました。今日、私たちは自らを解放しなければなりません。
Befreien von der Versuchung eines neuen Nationalismus. Von der Faszination des Autoritären. Von Misstrauen, Abschottung und Feindseligkeit zwischen den Nationen. Von Hass und Hetze, von Fremdenfeindlichkeit und Demokratieverachtung – denn sie sind doch nichts anderes als die alten bösen Geister in neuem Gewand. Wir denken an diesem 8. Mai auch an die Opfer von Hanau, von Halle und von Kassel. Sie sind durch Corona nicht vergessen!
新たなナショナリズムの誘惑から、権威主義的な政治の魅力から、各国間の相互不信、分断、敵対から自分たちを解放するのです。憎悪や誹謗・攻撃、外国人敵視や民主主義軽視からの解放を進めるのです。これらはみな、装いを新たにしているだけで、かつてと同じ悪の亡霊です。今日、今年の 5 月 8 日、私たちはハーナウの外国人銃撃事件、ハレのシナゴーグ襲撃事件、カッセルの政治家射殺事件の犠牲者を悼みます。コロナ禍で彼らが忘れ去られることはありません。

そして、締めくくり部分。

Ich bitte alle Deutschen: Gedenken Sie heute in Stille der Opfer des Krieges und des Nationalsozialismus! Befragen Sie – ganz gleich, wo Ihre Wurzeln liegen mögen – Ihre Erinnerungen, die Erinnerungen Ihrer Familien, die Geschichte unseres gemeinsamen Landes! Bedenken Sie, was die Befreiung, was der 8. Mai für Ihr Leben und Ihr Handeln bedeutet!
全てのドイツ人へのお願いです。どうか今日は静かに戦争とナチスの犠牲者に思いを馳せてください。ご自身の出身にかかわらず、ご自身の記憶、家族の記憶、そして私たちの国の歴史に問いかけてみてください。ご自身の人生と行動に、5 月 8 日の解放がいかなる意味を持つのかを考えてみてください。
75 Jahre nach Kriegsende dürfen wir Deutsche für vieles dankbar sein. Aber nichts von all dem Guten, das seither gewachsen ist, ist auf ewig gesichert. Deshalb auch in diesem Sinn: Der 8. Mai war nicht das Ende der Befreiung – Freiheit und Demokratie sind vielmehr sein bleibender Auftrag, unser Auftrag!
終戦から 75 年。私たちドイツ人は多くの感謝すべき状況に恵まれています。しかし、あれ以来得られてきたそうしたありがたい成果のうち、ひとつとして永遠に保障されているものはないのです。5 月 8 日は、解放が終わった日ではありません。あの日から、自由と民主主義の追求が託され続けているのです。私たちに、託され続けているのです。

単なる決意表明ではなく、過去を見つめ、国民一人一人がその意味するところを考え、今後の行動につなげていくように呼び掛けて演説を締めくくるところがいいですね。

ドイツの Erinnerungskultur 想起文化とは、このようにただ過去を振り返り、犠牲者の方々に思いを馳せるということにとどまらず、現在をどう生き、どのように未来の世代に伝えていけば「Nie wieder もう二度と繰り返さない」を現実のものとして維持していけるのかを一人一人が考えることを意味しています。





サイト会員になると無料メルマガ「Mikakoのドイツ語通信」とブログの更新情報の通知をお受け取りになれます。ぜひご登録ください!

633回の閲覧1件のコメント

フォローする

  • Facebook
  • Twitter
  • YouTube

応援する

© 2019-2020 by Mikako Hayashi-Husel. Proudly created with Wix.com