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Arbeit macht frei 労働は自由への道~その歴史的背景といくつかの考察

更新日:2022年3月13日



Arbeit macht frei 労働は自由への道」は写真のようにナチス時代の Auschwitz や Dachau、Sachsenhausen、Flossenbrück などの Konzentrationslager 強制収容所の門に掲げられているスローガンなので、今日これが引用される場合は、強制収容所を意識して、無批判の労働モラルに対する強烈な批判であることが多いです。

ナチスのせいで本来の思想的背景もろとも悪いものとして評判を落としてしましたが、もともとは実存主義の創始者とされる Søren Aabye Kierkegaard セーレン・オービュ・キェルケゴール(キルケゴールとも)(1813-1855)というデンマークの哲学者・思想家の著作『Entweder - Oder あれか それか』(1843)で唱えられていた思想に由来します。

Die Pflicht, zu arbeiten, um zu leben, drückt das Allgemein-Menschliche und zugleich auch in einem andern Sinne das Allgemeine aus, weil es ein Ausdruck der Freiheit ist. Gerade durch die Arbeit macht der Mensch sich frei, durch die Arbeit wird er ein Herr der Erde, durch die Arbeit endlich beweist er es, dass er über der Natur steht.

(試訳:生きるために労働する義務は普遍的に人間的なるものを表すと同時に、別の意味では普遍性も表す。なぜならそれは自由の表現の一つだからだ。労働によってこそ人間は自身を自由にする。労働によって人間は地上の主人となり、労働によって人間が自然を超越した存在であることを最終的に証明するのである。)


この著作が発表された2年後、ベルリンに滞在していたキルケゴールと面識のあったドイツの経済学者・ジャーナリストである Heinrich Beta ハインリヒ・ベータ(1813-1876)が『Geld und Geist 金と精神』(1845)の中でキルケゴールの労働と自由の表現を受け継ぎます。

Nicht der Glaube macht selig, nicht der Glaube an egoistische Pfaffen- und Adelzwecke, sondern die Arbeit macht selig, denn die Arbeit macht frei. Das ist nicht protestantisch oder katholisch, oder deutsch- oder christkatholisch, nicht liberal oder servil, das ist das allgemein menschliche Gesetz und die Grundbedingung alles Lebens und Strebens, alles Glückes und aller Seligkeit.

(試訳:信仰が、自己中心的な坊主や貴族の目的への信仰が至福をもたらすのではない。労働が至福をもたらすのだ。それは労働が自由への道だからだ。それはプロテスタントかカトリックかという問題ではない。ドイツ・カトリックかキリスト教カトリックかという問題でもなければ、リベラルか卑屈かという問題でもない。それは普遍的に人間的な法であり、あらゆる生と努力、あらゆる幸運と至福の基本条件なのだ。)


さらに1849年には神学雑誌である「Neues Repertorium für die theologische Literatur und kirchliche Statistik 神学的文学と教会統計の新目録」にフランスのカトリック神学者である Jean-Joseph Gaume ジョン=ジョセフ・ゴーム(1802-1879)の著作『L’Europe en 1848 1848年のヨーロッパ』のドイツ語訳が解説されて、労働の神学的考察が述べられています。

Das Evangelium und, auf seine ursprüngliche Wahrheit zurückgehend, die Reformation wollen freie Menschen erziehen und nur die Arbeit macht frei, ist daher auch nach den Begriffen der Reformatoren etwas Heiliges.

(試訳:福音および、その本来の真実に遡れば宗教改革も自由な人間の教育を企図するものであるため、労働こそが自由への道であるというのも宗教改革者の概念に従えば、神聖なものである。)


労働を神聖視するのは「Ora et labora 祈り、働け」をモットーとするベネディクト修道士が有名ですね。

1873年には牧師でありドイツ国民運動系の著作家である Lorenz Diefenbach ローレンツ・ディーフェンバッハ(1806-1883)が『Arbeit macht frei』と題した短編小説を発表し、労働を性別や身分の制限を乗り越える手段として描きました。

この著作によって哲学的・神学的概念であった『Arbeit macht frei』がドイツ国民運動と結び付けられたと考えられます。

ワイマール共和国時代には失業対策の標語としても用いられることがあったようですが、1922年にはすでに Deutscher Schulverein Wien によってこの標語とハーケンクロイツが組み合わされた切手が発行されています。

1920年に創設された Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei NSDAP (国民社会主義ドイツ労働者党)はその党名からも明らかなようにもともとは労働者の政党でしたから、労働を神聖視する『Arbeit macht frei』という標語とは親和性が高かったと思われます。


この標語が強制収容所の門に掲げられるようになった具体的な経緯は明らかではありませんが、建前はArbeitslager 労働のための収容所であった Konzentrationslager にもともと親和性の高いスローガンを掲げたとしても不思議はありません。

ここでの Arbeit はもっぱら Zwangsarbeit 強制労働を意味していたので、どこが「frei」なのかと随分皮肉な状況になってしまいました。


強制収容所における「frei」とは、「自由」ではなく「ない」という意味だったとの解釈も成り立ちます。

(Zwangs-) Arbeit macht frei von Würde, frei von Lohn, frei von Eigentum (強制)労働は尊厳なし、給料なし、所有物・権なし。


現代的感覚からすると、「生きるために働く」は自由とは程遠いのではないでしょうか。その意味ではキルケゴールの主張は納得のいくものではありません。

たとえ労働の対価が得られるために「強制労働」とは言えないにせよ、生きていくために働いてお金を稼がなくてはならないという状況はやはり自由とは言い難いでしょう。職業選択の自由や職場選択の自由はあっても、「働かない」という選択の自由があるとは言えないからです。

近頃はやりの FIRE = Financial Independent, Retire Early で資産形成をして金融収入(不労所得)によって経済的自由を得るという可能性もあるにはありますが、まずはそこに到達しないと得られないものなので、最初から誰にでもある「自由」ではありません。

一般的に労働の自由裁量権が大きいと、能力の高い人の仕事に対する満足度は上がりますが、仕事能力があまり高くない人には指示してもらったり、マニュアルがあった方が楽だという人が多く、仕事を丸投げされると困惑してまうばかりです。


この違いは安定雇用を求めるか、自営業を好むかの違いにも表れます。自営業は労働時間や労働量に関してかなり自由が効きますし、業務のやり方や業務内容自体も自分で決められることが多いです。その反面、顧客を獲得できるか、契約を取れるか、売れるか分からないリスクも大きく、安定的な収入を得るのが難しいです。このリスクが自由の代償と言えます。


そうした経済的な代償ばかりでなく、精神的な代償もあります。選択肢が多いと個人の違いが大きくなり、結果的に社会が多様化・複雑化します。このため、何か選択をするたびに「自分で調べる・考える」手間がかかる一方で、社会を理解するのもステレオタイプ的な考察ではその多様性・複雑性のために不十分過ぎて、指針を失い、精神的な迷子になりやすいリスクがあります。


こうして見ると、自由はいい面ばかりではないことが分かります。どの程度の自由ならそのための代償を払えるのか一人一人が考えて見定める必要があり、一概に「この程度の自由がいい」とは言えないのですが、自由と責任(リスク)はトレードオフの関係にあると言えるのではないでしょうか。








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