【学問の自由】シュタインマイヤー独大統領ボン大学創立200周年記念式典式辞を原文で読もう(7)

最終更新: 2020年12月6日


第6回に引き続き、ボン大学の歴史の部分です。ボン大学創設の経緯に言及されています。次の段落が長いため、今回は短いですが、この段落だけで区切ります。

【原文】

Der Weg dieser Universität ist eng verwoben mit Deutschlands langem Weg zur Demokratie. Aber es war eben kein gerader Weg, kein einfacher und immer aufs hehre Ziel zulaufender. Es war ein verschlungener Weg, mit Um- und auch Abwegen. Auch daran wollen wir uns heute erinnern. Schon die Gründung dieser Universität war kein demokratischer Akt, sondern vor allem das Ergebnis von erfolgreicher Lobbyarbeit der Stadtoberen, besiegelt durch monarchisches Oktroi aus Berlin. Übrigens auf Kosten zweier anderer, älterer Universitätsstandorte in Köln und Duisburg.



【解説】

kein einfacher und immer aufs hehre Ziel zulaufender Wegが繰り返しを避けるために省略されています。

der Stadtoberen 市の上層部、支配階級(属格複数)

monarchisches Oktroi 国王の認可

auf Kosten ~を犠牲にして。ここでは「~を差し置いて」や「押しのけて」の方が文脈に合います。


【翻訳】

ボン大学の歩みは、ドイツの民主主義への長い道のりと密接に絡み合っています。それは、決してまっすぐで楽な、そして高い目標に向かっていくような道のりではありませんでした。くねくねと曲がり、回り道も脇道にそれることもありました。そのことも私たちは今日想起するべきでしょう。ボン大学の創立自体が、民主主義的行為ではなく、ボン市上層部のロビー活動の成果で、ベルリンからの国王の認可によって決定したのです。ちなみに、それは他のより古い大学都市であるケルンとデュースブルクを押しのけてのことでした。